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Web magazine“Present” 広報誌「Present」Web版

2022年3月号掲載

42歳で急逝した父。母の愛情と生命保険のおかげで 兄と私は大学まで進学できました

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お客様プロフィール

德永 哲也 さま(30歳 SOMPOひまわり生命保険株式会社)  
妻(25歳 会社員)

働き盛りの父親が心筋梗塞で突然の旅立ち

今回ご登場いただくお客様は、神奈川県在住の德永哲也さまです。2020年に食品関連会社からSOMPOひまわり生命に転職されました。

「現職を選んだ理由は、山口県で暮らしていた小学校5年生のときに父親と死別した生い立ちにあります」

20年前、技術職で仕事熱心なお父様と専業主婦のお母様、そして3歳年上のお兄様と4人家族での穏やかな暮らしに異変が起こりました。夜勤のお父様が会社の仮眠室で就寝中に、心筋梗塞が原因で逝去されたのです。享年42歳、遺されたご家族は途方に暮れました。

「当時、母は40歳でした。山口県は、母にとって父の転勤で移住した土地だったので、父亡き後頼れる人もなく、心細い思いだったそうです。翌年、神奈川県にある母の実家へ引っ越しました」

理容店を営む祖父母に迎え入れられ、ぬくもりのある環境でご兄弟はすくすくと成長されました。

「母は就職し、一生懸命仕事をしながら愛情深く私達を育ててくれました。そのおかげで好きなスポーツも続けられ、親しい友人達と楽しい青春を謳歌できました。母からは常々『あなたたちが大学まで進学できたのは、お父さんの生命保険のおかげよ』と言われていました」

SOMPOひまわり生命首都圏L Cオフィスの望月大輔さんにお話を伺いました。「私も転職組で、入社当初德永さんと同じチームで仕事をしました。10歳ほど年下の德永さんですが、現職では1年後輩。素直で周りにすぐに打ち解ける明るい性格です。お父様を亡くされた後も、経済的に心配なく進学できたことで生命保険に感謝していると話してくれました」

德永さんにお話を伺いました。

「父は仕事人間でした。海外への単身赴任もあり、一緒に過ごした時間は短かったです。しかし、父が快適な家を購入したり、万全な保障内容の生命保険に加入したりしてくれたのは、すべて家族への深い愛情だったのでしょう。こうした経験を通じて、親への感謝の気持ちや生命保険の大切さを一人でも多くのお客様に伝えられるよう、日々励んでいます」

德永さまご家族のこれまでの道のりと生命保険への思いをお伺いし、望月さんのお話を交えて、ここに紹介させていただきます。

単身赴任のアメリカから帰国し、家族団らんの日々が戻ってきた

德永さまのご両親は、職場結婚でした。新婚生活は神奈川県で送っていましたが数年後、お父様の転勤で山口県に移住。お母様は専業主婦になりました。

「母は幼い頃から住んでいた町から、頼れる親戚や友人のまったくいない土地への引っ越しで、いろいろな苦労もあったでしょう。それでも、兄と私が自然に囲まれた田舎暮らしでのびのび育っていくことで馴染んでいけたそうです」

お父様は働き盛りで、德永さまが小学校低学年の頃に、2年ほどのアメリカへの単身赴任生活もありました。

「今のように気軽な通信手段もなく、たまに国際電話で声を聞くくらいでした。日本に戻ってきてからも夜勤の多い仕事だったので、家族全員で食卓を囲むことは少なかったですが、休日には近所の公園に連れて行ってくれたり、キャッチボールの相手をしてくれたり。忙しい中で精一杯の家族サービスをしてくれていた、やさしい父親の笑顔を覚えています」

お父様との突然のお別れは、アメリカから帰国して穏やかな日常が戻ってきていた半年後のことでした。

「私と兄が普段どおり登校の準備をしていた朝、けたたましく電話が鳴りました。受話器をとった母の顔がみるみる青ざめていきました。そして、電話を切るなり『今すぐ病院に行くよ』と言って、学校には休みの連絡をいれました」

3人で駆けつけた病院で、慌しく案内された個室には、すでに亡くなられたお父様が横たわっていました。

「一体何が起こったのか、わかりませんでした。前日に夜勤に出かける父を家族で『いってらっしゃい!』と元気に送り出したのに・・・・・・。後でわかったことですが、父は仮眠室で就寝中に眠るように亡くなったということでした」

やっと家族で暮らせるようになった德永一家に思いも寄らぬお父様とのお別れでした。

「あなたたちのために頑張れるよ!」と20年ぶりに復職した母

「母は呆然としながらもさまざまな手続きに追われ、孤軍奮闘状態だったそうです。本当に大変だったでしょう」

 お父様が亡くなった翌年の夏、德永さま達は、お母様の実家へ引っ越しました。

「理容店を営んでいる祖父母から『戻っておいで』とかけられた言葉が、母には涙が出るほどうれしかったそうです。一方、兄は中学3年、私は小学6年の夏休みでした。友人達との別れや兄の高校受験の心配などがあり、複雑な心境でした」

転校した学校では、方言をいじられるなど、いやな思いも経験した德永さまでしたが、持ち前の明るさで新しい環境に慣れていきました。

「兄も希望する高校に無事進学できました。母は元の上司のはからいで、会社に復職しました。当初は20年ものブランクで苦労も多かったと思いますが、『あなたたちのために頑張れるよ!』と話してくれました」

実は、引っ越しを機にお母様はご実家の建て直しもしていました。

「狭い土地に立つ古い店舗兼用住宅を3階建てにしました。これも父の生命保険のおかげと母は話してくれました。祖父母も喜んでくれたでしょう」

 德永さまは、大学で食品関係を学び、新卒で食品関連会社に就職しました。

「私の将来の夢は、子どものいる家庭で穏やかに過ごすこと。ところが、仕事は残業が多く夜勤のあるシフト勤務だったので、父との別れを思うと長くは続けられないと退職を決心しました」

 転職希望をお母様に相談したところ、「あなたの選んだ道を応援するよ」と背中を押してくれたそうです。そして、退職してから半年間、德永さまは様々な土地を一人旅しながら、改めて自分のやりたいことを見つめなおしました。

「自分の生い立ちを振り返り、ずっと感謝し続けた生命保険について、その重要性を多くの人に伝える仕事をしようという思いに至りました」

「働く女性の大先輩」と母を頼りにしてくれるやさしい妻

転職活動と新型コロナ感染拡大が重なりましたが、無事に就職が決まりました。「前職とはまったく異なる業界の上、新型コロナウイルスの影響で厳しい船出でしたが、望月さんをはじめ、人間関係に恵まれました。今では、自分の思った通りやりがいのある仕事だと日々感じています」

転職とともに德永さまに、もう一つ大きな出来事がありました。2021年8月に5歳年下の奥様と入籍したのです。

「共通の知り合いを通じて紹介されました。私のことを一番に考えてくれる妻の存在は、本当にありがたいです」

新居はご実家の近くで、ご夫妻の職場にも近距離だそうです。

「母は、『あなたの選んだ人なら絶対大丈夫』と妻に会う前から言っていましたが、それ以上に妻とは仲が良くうれしいですね」

お母様は現在60歳、定年後の再雇用で仕事を続けていらっしゃいます。奥様は、働く女性の先輩として、德永さまを飛び越えていろいろな相談をしているそうです。

「子どもは3人希望しているのですが、教育費などを考えると責任は重大です。2人で力を合わせて頑張りたいです」

しばらくは新婚時代を楽しみ、2年後から子作りの計画を立てているそうです。

「母の夢は孫の顔を見ることだと、私が結婚する前から言っていましたので、親孝行もできると思います。それ以上に、子育てのサポートもお願いすることになるでしょう」

 お母様は「お嫁さんというより娘ができたみたい」と、これからの德永さんご夫婦の力強い応援団になりそうです。

「新型コロナウイルスの影響で結婚式が挙げられなかったので、新婚旅行をかねて結婚写真を撮るフォトウエディングの予定を立てています。母は一緒に行きたそうですが、それは我慢してもらいます(笑)」

最後に望月さんにお話を伺いました。

「德永さんは自分の経験を元に、お客さま一人ひとりに親身に思いを伝えています。私は40代で銀行から転職しました。前職時代、生命保険に未加入だったり、保障内容を把握していなかったりして、後悔されていたお客様を目の当たりにした経験があります。これからも德永さんと切磋琢磨して、家族を守る生命保険の大切さを伝えていきたいです」

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