お客さまから「日本の年金制度はそのうち破綻してしまうのではないですか、どう思いますか」としばしば聞かれ、どう答えたらいいか悩んでいます。いい加減に答えると、この人は年金制度のことをよくわかっていないのだなと思われてしまいそうですし、「たしかに公的年金制度は危ないですよね」といたずらに不安を煽るのもどうかと思います。どのように答えたらいいでしょうか。
年金制度が将来にわたって盤石なものであるかどうかは、とても大きな問題ですし、いろいろな考え方があり、「正解」はないように思います。そこでとりあえず、大丈夫かどうかについての回答はスルーして、この問題に関して確実なことだけ話してはいかがでしょうか。
不安視する人は多い
年金制度に不信感を抱いている人は少なくありません。多くの人が年金制度の将来を不安視していると言ってもいいでしょう。
じつは筆者は、年金制度は大丈夫だ、と考えていますが、年金はいずれ破綻すると考えている人の多くは確信的にそう考えていて、筆者がいくつかの根拠を示して「年金制度は大丈夫ですよ」と話しても納得してもらえたことは、未だかつて一度もありません。
一方で、年金制度は大丈夫だと考えている人に、「そんなことはない」と言ってもやはり聞き入れられることは少ないでしょう。
というわけで、「年金は大丈夫か」問題はあまり深入りしないほうが賢明です(お客さまと議論しても意味がありませんし、むしろ避けるべきでしょう)。とりあえず、この大問題はおいておき、この問題に関して「確実に言えること」だけを説明することをお勧めします。
一つだけ確実に言えること
年金制度の将来に関して、一つだけ確実に言えることは、「年金の給付水準は少しずつ下がっていく」ということです。これは、前月号(2023年5月号)で取り上げた「マクロ経済スライド」という仕組みによるもので、その趣旨は、将来の年金の給付水準を維持するために、当面の給付額を低めに抑える、というものです。
もう少し端的に言うと、将来、年金制度が破綻しないように、しばらくの間、年金額を少なめにする、ということです(このことは、角度を変えてみれば、年金制度を破綻させないために、それなりの手が打たれている、ということが言えます)。
年金の給付水準を示す数値に「所得代替率」があります。これは一定のモデルの下、現役世代の収入に対する年金額の比率を示すものです。現在おおむね6割であるこの所得代替率が、「マクロ経済スライド」により将来は5割近くまで下がる見通しです。
ただ、「年金額がどんどん減っていく」という言い方は正確ではありません。前月号でも述べたように、物価が上がれば年金額は上がりますが、物価の上昇率より年金の増加率は低くなるのが「マクロ経済スライド」による調整です。したがって、物価が上がれば、名目の年金額は上がるのですが、実質的な価値は下がるということです。
したがって、絶対額は上がりますからじつは年金の給付水準が下がっている、という実感は持ちにくいものがあります。知らずしらずのうちに、年金が減っていくというのが正しい認識です。
Profile
武田祐介
社会保険労務士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
ファイナンシャル・プランナーの教育研修、教材作成、書籍編集の業務に長く従事し、2008年独立。武田祐介社会保険労務士事務所所長。生命保険各社で年金やFP受験対策の研修、セミナーの講師を務めている。